昭和四十年十二月
あすこの有名な石庭のお話です。京都に見物に参りましたら、必ずといってよう程、隆安寺等を訪れる。そしてそこのたたずまいの素晴らしさと同時に、石庭の見事さというのに打たれて帰るというのである。そして、それを只、表面だけ形だけを見て帰る人、それを心の目をもって見て帰る人。この隆安寺の石庭は心の目を持って見なければ、本当の良さは分からない。
石庭の持つ美しさだけではなくて、そのヒジョウさ、ヒジョウというのは、あの人は情があるとかないとかという、あの非情である。石庭の持つ、その非情、それをあの庭が現わしておると、四季折々に眺めるその石庭の素晴らしさと、何時見ても違った感銘を受ける石庭、そこに石庭を方丈の今から眺める、石庭それは踏まず、いったら最後もうそこを動かさないだけの不思議な力を持つ石庭、その片隅をじっと見つめたらそこだけで一時間、二時間の時間をかけて見ても見飽きない石庭という様な、その石庭のことについてそんな風に書いてございました。
私はそのお道の信心をさしてもろうて、段々分からして頂くことは、天地の親神様が私共に、『どうぞ信心して、おかげを受けてくれよと、』この願いというものがです。いわゆる 神の悲願と言うものが、人間氏子の、私共が真実助かると云うこと、それは私共が非情なまでの心を人間心を使わないで済む信心、神様の働き、それはどこまでも神愛だけ、その神の神愛であり、いわゆる絶対愛を信じきっての生活が出けるところまで、お互いの信心が育つと云うこと、高められるということ、そのことが神の願いである。
神の願いというのは、例えば、椛目の御造営のことが、神の願いとして成就しつつある。と そのことだけが神様の願いではないと、建ち上がりさえすれば良いと云うのではない、それを云うなら枝葉であり、いやいやそれは難儀な氏子の取次助けられる、よりよい場として、神様が確かに願いのことの成就しつつある姿であると、こう思うのだけれど、そこのところに働かしてもらう、御用に使うて頂く私共の信心そのものがです。
御造営を通して信心を分からしてもらうと、本当の信心を体得さしてもらうと、それは、いうなら肉眼をおいて、心眼を開かしてもらうおかげを、それを通して分からして頂くことを神の願いである。と 先程私が、先程というか、十時頃だったでしょうか。八女のヤヒメ教会の大橋という先生が、年に何回か見える。今朝から歩いて見えられたらしい、親教会が吉井の教会ですから、吉井の教会の行き戻りに椛目に寄らしてもらう。
一番始め、私は実を云うとここにスパイにまいりました。ち そしたらもう一辺に見破られてから以来、私は処此の前を通時必ずこうしてお引き寄せを頂いておりますとこういうわけなんです。八女の山の中の隅々まで、椛目の金光様のことを知らぬ者はありません。九州の御本部といわれる様な、御造営があっておるということも知らん者はありません。
先日、娘の結婚式に、福岡のもとの遊郭のあった柳町の跡の式場で結婚式がございましたからあちらに参りました。たまたまあちらで、椛目の金光様の話、親先生の話こちらの大坪先生の話を聞かしてもろうて、もうその高名、あちらこちらにその名前が通っておるのに驚きました。というてから処此で話をなさっておられました。
それも私が下がるチョッとまえに久留米の金沢さんが参って参りまして、もう、本当に大変なおかげを蒙って、今日お礼参拝してきとるわけなんです。息子さんがあの何ですか、篠栗の方へ向かうところに大変高い崖から自動車で落ちましてね、そしてもう落ちる間に金光様を唱えたり、もう難しいと思うたり、色々考える暇がある程に長かった、
何回も何回も帰っていく間に、もう、勿論自動車はめちゃくちゃでしたけれども、か擦り傷ひとつしとらんという程の奇蹟のおかげを頂いて、もう、本当に母が信心しておる金光様を始めてお礼をいうたち、本人が申します。それもあなた、もう随分、昨日そのことを、まあだ稲が立っておる時分だったそうですから一ヶ月もなる、言うたら母から叱られたり、心配かけたりしょうごたるもんだから、始めこの頃金光様に、まあだ参ってるかちこう聞くそうです。
朝晩、お光をあげて拝みよるとじゃけんで信心やめとるわけじゃないよ、疎遠にはなっとるけれども、月何回かお礼参拝さしてもらいよるよちいうたら、ハアーそんならやっぱそうじゃろう、僕は実はこげなおかげ頂いたちいうて、その昨日話しますからビックリしましてから、今日お礼参拝さして頂いた。硝子の破片がこの小指に残っておるという程度だけでおかげ頂いた。 どんなに、考えても神様の御守護を受けておると思わにゃおれんと、その子供が申しますとこういうのですね。ご承知の様に銀行の外交をしておられますですから、もう行くところ、行くところで、もうその信心さして頂くもんのありがとうございますは、やっぱ先生ちった違うとでしょうねというわけなんです。
集金に行きましたり、勧誘に行きましたりしてから、ありがとうございましたというのがですね、あんたが、ありがとうございましたは違うと何人もの人からも言われる。あんた何様か拝むとじゃろちい、その椛目の金光様を信心さしてもらう、ハアー金光様に参ると、そんならあんた久留米にばさらか金光様ござるじゃんのち、それが、他の金光様とは違うですけんでというて、椛目の話をその都度都度にさせて頂くとこういう。
私は聞かせて頂きながら思うんですね、お互いが本当に信心の話をあちらこちらでさせて頂くということ、『 自分のおがげを受けたことを人に伝えていくのが、神へのお礼と、それが神になるのぞと、』まで仰るが、本当に私共は人にそれを、お話の出けてくるということが、そのチャンスというものを願わなければならないと同時に、私は、私自身がお話をする者自身が、成程助かっておらなければならないということでございます。
ハアーどこか違うと思いよった、ハアー金光様の信心しよなさるけん、まして椛目に参りよんなさるから、道理であーたそういうおかげを頂きなさるなあというものが、なからなければいけないということ、結局神様のギリギリの願いであるところの、私共の助かるということ、私共の助かりというものがです、なからなければならない。
それは夏冬秋春を通してです、どの様な厳しい中にあっても、どの様な中にありましてもです。そこから動かす、動くことのない不動の信念が心の中に頂けてる、神の絶対愛を信じての生活信心というものがです。出けるだけのものを持っておらなければならない。
お互いが信心さして頂いとるが、果たしてどれほどに育っておるか、果たしてどれだけのところまで自分の信心の境地が開けておるか、どけだけ自分自身が助かっておるかということを、もう一度考えさして頂いて、果たして肉眼をおいて心眼を開かして頂きつつあるか開いておるか。
勿論心眼を開いた世界には水にも流されなければ、火にも焼けないで済むところの心の、いわゆる不壊の心というものが、何物にもにも犯されることのない心というものが、いよいよさんぜんとしてこれに輝き頂くことがでける。そこのところのおかげを頂くことを、神様の一番の願いとされておるのではなかろうか。そういう助かりがあるところにです、自分の周囲の人達の助かりということになっていかないはずがない、というところまでお互いの信心を高めたい。
おかげを受けたい、御造営ということに、例えば、皆さんの願いがおかれて、現在の椛目の人達の、この十三日会というのは、もう椛目の御造営ということに、何時も焦点がおかれてある。それは神様の願いの成就していく姿ということであるし、そのことであると確信しておるからである。けれども、その御造営そのことがです、神様の真実の願いではなく、この御造営を通して、私共の信心が確固たるものになっていくことの方が願いであるということ。
ですから、そういう神様の願いということを焦点として、祈りとしておかげを頂いとるにもかかわらず、いうならば、けなげな心を持ちながらです。自分の身にはとても持てそうにない様な願いを持たせてもろうて、それは、神様の願いに通ずることであるからというので願いをかける。神様の喜んで頂けれることに願いをもっとるのであるから、スムースにおかげを頂けそうにあるけれども、それがスムーズさを欠いだり、かえって反対の方になったりと、いう様な状態があるのはどういう様なわけか、昨日の、朝の御理解である。
願いそのものは立派であっても、おかげを下さろうとする神様の働きのそこには目を閉じておるということ、お金が欲しい、お金が欲しい、持参金だけは欲しい、けれども嫁さんの方はいらんというておる様な状態ではなかろうかと、一生懸命の願いをもっておるから、神様は持参金付の嫁さんを下さろうとしておる。持参金は欲しい、けれども嫁さんは欲しくない、いわば、その難儀なこと、困ったことそのことは向こうへ押しやろうとする。
その向こうに持参金はついてきておるのである、そけを、いわば嫁さんの方はいりませんといや持参金の方は向こうへ引っ込めなさらなければ、いわば仕方がない様な状態じゃなかろうか、と 神様もなかなか掛引きがお強い、神様も皮肉だと、これは今朝の御理解、確かにそういうふうに感じることがある。椛目のこの御造営が始まってこっちにでも、神様はなかなか掛引きがお強いなあということなどやら、神様は、なかなか皮肉であるとあるといった様なことが、実例をもって今日の御理解に説明をしてある。
そして、いわゆる昔頂いておった御理解を、いわゆるそのお話をそえて、お互いの信心が、成程、おかげの受けられないはずだというものを追求してある。昔、越後の国に米問屋があった、江戸で大成、江戸で成功して繁盛しておるお店である。従業員全部が、女中下男、小僧番頭に至まで、越後の自分の故郷の方から人を雇うことになっておる。
或年二人の小僧さんが、そこに越後の国からはるばるやって来た。なかなか一人の方の小僧さんが、忠実であり真面目である、人間も素直である、非常に努力家である、忠実である。これが主人の目に止まらないはずがない、小僧から番頭という風にたった。或年のおしせまったある日である、皆の番頭が集金に出て夕方早う帰ってくる。
ところがその番頭さんだけが帰ってこない、大金を持っておることであるから、皆んなが心配する、遅ーくなってから帰ってきた。どうしょったのかこんなに遅く、何時までも主人からそのことを非常にやかましく言われた。それがもう、おしせまったことでございますし、一軒でも多くと思ってついつい、次から次と足がのびてこんなに遅くなったとこういう。
本当に人に心配かけるのもいい加減にしろといって、わらじを脱ぎかけると、ちっとわらじを脱ぐ前に必ずその水瓶に水を汲まなければならないところであったらしい。沢山の水を汲まれることを、汲むことを主人に命令された。悪いこと、悪い顔ひとつせずに、又、そのままわらじを脱がずに水汲みを終えて、まあ上に上がらしてもろうた。
そしたら奥のほうから呼びが来た、奥の方から旦那様がお呼びだとこういう、ハアー又さっきの続きのお叱りを頂くのだろうかと思うてやらして頂くと、主人の居間、そして続いておるそのお座敷の方見るとお膳部がこうしてある。どうも雰囲気が違う、そしてまあこちらへ座ってくれと主人が言われ、狐につままれた様な気持ちで膳部つかれると、ご主人が、番頭さんの前に出て手をつかれた。
この越前屋に来て何年間ようも長い間辛抱してくれた。今日、私はあなたに折り入って頼みがあるが、ひとつ聞いてはくれんかのとそういう主人の願いであった。私は、こちらへ参りましてから、只の一辺でもあなた様からご依頼を頂いて、頼みを受けた時に、その心からそれを受け賜らないことはなかったが折り入ってと、どういう様なことでございましょうか、実はこうだといって、主人が言われるのは、何とこの越前屋の後をあんた継いでくれんかということであった。
気にも入るまいけれども、家の娘をもろうてくれんかということであった。それこそビックリした、とても私の様なはしたない身分の者がです。 この大家の後を継ぐとか、ここのお嬢さんを奥さんにもらうとかとんでもないそれは話だと、いやそれでも、ここんところはまげてそれを聞き届けてくれと、実は、あんたがこの店に来る時に、来た時に二人の誰々さんと来る時に、一人の人はわらじを脱いで直ぐ上がった。
あんたは、そのわらじを一辺ゆすいで、ゆすぎあげてあの垣根にそれを陰干しに干したあん時のことを、私は忘れられない、家内と二人でもう何時も話しておったことは、これは、家の養子は処の男だと、それから何年間それこそ見上げ、見下げしている間にいよいよ家の養子は、この男に定まったと思ったから、もうそれこそ他の小僧、番頭には言わないほどに、例えば皮肉を言うたり無理を言うたりしてきたけれども、只の一辺でも安他が悪い顔をしたことがなかった。
今日も今日とて、もう最後にあんたがいう通り店のことを思うから、一軒でもよけいな集金をしたいという、あんたの気持ちは良く分かるけれども、あんなことを言ったけれども、これが最後の試しだと自分は思うて、もしこの最後であんたが悪い顔でもしたらどうしょうかと思いながら、その試したとその言われた。その時から見込んだ自分の目に狂いがなかったことを喜ばれると同時にです。
どうぞ、改めて越後屋を継いでくれ、自分の娘をもろうてくれということであったという。講談の様なお話ですけれども、その話の中に、私が今日言うておる神様の願い、神様の悲願というのがですたてられ、そして真実難儀な氏子が助かっていき、しかも神様が手をついてから、どうぞこのおかげを受けてくれよと言うて下さる程の、おかげを受けて頂くということがね。私はおかげではないか、そこんところまで信心が、私は進められ成長していかなければいけないということ。
私共の信心を振り返って見るときにです、昨日の朝の御理解から、今朝の御理解、そして、今日、頂いております石庭のこれではないですけれども、只、見る表面の肉眼の心だけを見て、肉眼でそれを見ろうとしない、いや肉眼を開こうとしない信心、そこには何と皮肉な神様であろうか、何と掛引きの強い神様であろうか、よし、神様も掛引きなさるなら、こっちも要領でいこう、皮肉を言われるたんびに顔色が、こちらが変わるといった様なことではです。
私は何時までたっても信心の成長は、それから先は伸びない、そこんところを私共は、何十年の信心の間に、本当にそういうことであったでしょうけれども、ここ十五年間の私自身の信心というのを自分で思うてみる時にです。ある意味合では、自分ながら見事にそこんところを頂いて来とる様な気がするです。これから、とてもどういうお試しを受けるかも分かりませんけれども、自分の心の中に、いわゆる肉眼をもってせず、心眼をもってするならどの様な問題でもです、との様な事柄の中にでもです。その都度に信心を進めさせて頂くところのおかげがある、頂けるということを思うのです。
神様の願い、神様の願い悲願という、それは成程、御造営が椛目の場合です、御成就することが、第一の目指しですけれども、そこの奥の方に神様がです。その御造営を通していよいよ、只今申します様な内容の信心が育っていくことをです。願っておられることを分からしてもらい、そこに焦点をおいて信心を進めていかなければならんと思うのでございます。 どうぞ